持続可能な未来社会を創るデジタルコモンズⅡ
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2026年1月発行 Vol.45 No.3 通巻166号持続可能な未来社会を創るデジタルコモンズⅡ
前号に引き続き「デジタルコモンズ」の機能と実践事例をお届けします。本号では、仕掛学による共創と価値創造、オープンデータを用いた下水処理施設における課題の要因分析、自動運転車両の安全性評価、移動インフラの維持に関わるデータエコシステム、ヘルスケアサービス事業、デジタルツイン構築による遠隔監視や省力化の実証、労働力不足解消のためのAIアバターの実証などの取り組みを紹介します。
全編
発行情報
論文
創発する組織の要件とデジタルコモンズの機能
本稿は,組織を「創発システム」として,その全体を捉えたとき,現実の組織における構造的なボトルネックを明らかにし,そのボトルネックを解消するための要件と,デジタルコモンズが備えるべき機能・メカニズムを整理することを目的とする.まず,先行研究を批判的に検討して,創発システムの基盤となる三つの階層(①個人の認知,②場・チームにおける知識変換と相互作用,③組織による外部知識の吸収とケイパビリティ形成)が,プロセスとして連鎖して働く統合的な創発モデルを提示する.次に,創発が阻害される要因をこの統合モデルを用いて分析し,ボトルネックが初期段階の主観的知や新奇な価値仮説が十分に育つ前に失われてしまう「文化とリソースの壁」と,成果が組織のケイパビリティへと還元されない「政治と制度の壁」という二つの構造に収斂することを示す.最後に,デジタルコモンズを,組織内部では扱いきれず取りこぼされがちな主観知や未活用アセットを,いったん外部に開かれた探索空間に送り出し,そこで多様な知・資源との接続を通じて意味を育て,組織固有の政治や制度に抵抗し得る強度を獲得させたうえで再び組織に還流させるための社会的メカニズムの構築として捉えて,機能を整理する.そして,デジタルコモンズが,この二つの壁を乗り越えつつ,個人・場・組織,そして社会をまたぐ創発システムのネットワークを機能させる「カタリスト」機能を備えた社会装置であり,日本企業が外部多様性を取り込みながら環境の複雑性に適応していくための仕組みを与えることを,事例とともに示す.
ついしたくなる「仕掛け」で課題を解決する仕掛学の社会実装に向けた取り組み
仕掛学とは,人々の自発的な行動変容を引き出す「仕掛け」を体系的に研究する学問である.BIPROGYシカケラボでは仕掛学の社会実装を推進し,誰もが楽しみながら社会課題を解決できる仕組みの構築を目指している.これまで,産学官の多様なステークホルダーと連携したフィールド実証により仕掛けの有効性を検証するとともに,仕掛けの着想を支援するワークショップの設計・開催を通じて参加者の知見の共有知化を促進しながら,デジタルソリューションとの組み合わせによる新たな価値創出に取り組んできた.これらの活動は,知見やアイデアをデジタルプラットフォーム上に蓄積・共有し,オープンイノベーションによるステークホルダー間の共創を実現する,デジタルコモンズの具体的な実践例である.今後は,エコシステムデザインの知見を活かし,課題発見からエコシステム設計まで一気通貫した社会課題の解決支援にも取り組む.
社会課題解決を目指した下水処理施設のデータ分析アプローチ
X市では下水処理工程で発生した消化ガスを発電に利用している.発電量を増加させるため,消化ガスの発生量の増加を目指しているが,消化ガスの発生原料となる生汚泥の流入量が減少しているという課題を有している.今回,この課題についてオープンデータを用いて要因分析を行った.明確な要因の特定には至らなかったが,汚泥中に含まれる有機物の割合については「 PT(最初沈殿池)流入量」と「気温」と関係があることが示唆された.合わせて,消化ガスの発生量の予測モデルを構築し,発生量に影響を及ぼす因子についても調査した.結果として,「平均気温」と,汚泥の引き抜き量に含まれる有機物の割合を表す「有機分(生)」が消化ガスの発生量に影響を及ぼす因子である可能性が示された.今回はオープンデータを用いて調査を行ったが,より詳細かつ精度の高い分析を進めるためには,分析目的に合致した質の高いデータの確保が重要となる.そのためには,有償のデータや,国や市と連携した独自のデータの継続的な収集も選択肢となる.将来的には X市の職員が自らデータ分析を行えるように,分析手法の確立や必要なデータ整備の実現のため,今後も本取り組みを続けていく.
DIVPコンソーシアムが主導するデジタルコモンズ
BIPROGYは DIVPシミュレータの技術で,自動運転実現のためのデジタルコモンズ構築に取り組んでいる.DIVPシミュレータは BIPROGYが長年培ってきた CG技術の上に成り立っており,日本有数の企業が集うビジネスエコシステムの中でも,主要な立ち位置を確保している.多数のステークホルダーが関与するエコシステムを機能させるためには,従来の SIerの枠にとらわれない活動が求められる.自動運転の実現に向けてはシミュレーションの活用が不可欠であり,さらに,米中の先行事例に追いつき,追い越すためには,日系OEM間の協調が鍵となる.DIVPコンソーシアムは産学官連携によるビジネスエコシステムの中核を担っており,DIVPシミュレータはOEM各社が安全性評価に活用する共通プラットフォームとなることを目指している.また,DIVPコンソーシアムは国際標準化活動にも力を入れている.自動車関連の国際標準化団体 ASAMにおける活動では,自動車関連企業によるビジネスエコシステムが自然に機能している.本稿では,こうした活動をデジタルコモンズの好例として紹介する.
モビリティ×ヘルスケアのデータエコシステムによる社会DXの実現
移動インフラの維持は,少子高齢化や担い手不足の影響により,もはや特定事業者の自助努力だけでは限界を迎えており,社会全体で取り組むべき構造的課題となっている.これを解決するには,移動の恩恵を受ける他産業を巻き込み,データ連携によって経済合理性を創出する「データエコシステム」の構築が欠かせない.本稿では,そのテーマとして「モビリティ×ヘルスケア」,とりわけ車を運転する人の健康や日常に関わるデータに着目する.この「ヒトのデータ」を活用することで,移動課題の解決に加え,エコシステムに参加する企業にとっても合理的な誘因を生み出すことができる.また,エコシステムを持続的なものとするには,データ提供者への明確な便益還元を循環させることが不可欠である.分散型データ連携基盤「 Dot to Dot( D2D)」を活用することで,中立性と個人同意に基づく安全なデータ連携が実現し,異なる事業者間の協働が可能となる.BIPROGYはこれらの仕組みを通じて経済合理性と社会課題解決の両立を図り,個社最適を超えた社会全体の最適化,すなわち社会 DXの実装を目指している.
2025年大阪・関西万博からはじまる「日常の中にヘルスケアが溶け込んだミライ社会の実現」
BIPROGY株式会社では,新たなヘルスケアサービス事業を立ち上げるべく,そのパーパスを「日常の中にヘルスケアが溶け込んだミライ社会の実現」と定義し,健康・予防領域における生活者への価値提供プロセスの分析・評価を行った.その結果,健康・予防領域においては「情報(計測)→評価→対策」とつながるべき価値提供プロセスが分断されているという課題にたどり着いた.それらを一気通貫でつなぐ価値提供プロセスのリデザインが差別化要素になりうると判断し,『ヘルスケアドライバ事業』と命名した事業化に取り掛かっている.事業化に向けて困難なこともあったが,2025年大阪・関西万博「大阪ヘルスケアパビリオン」において当該プロセスの有効性を確認することができたため,万博閉幕後は社会実装を進めている.
台帳連動型デジタルツイン構築手法の確立と実用化に向けたアプローチ
建物や社会インフラの維持管理は未だにアナログな方法が主流であり,建築物の老朽化が進む一方で,それらに対応するための労働力の不足が大きな問題となっている.その中で,3Dスキャン技術によりサイバー空間上に建物や社会インフラのデジタルツインを作成し,遠隔からの管理に置き換える試みが進んでいるが,費用や担当者の負荷が高く,進展が遅い.この状況を打破すべく,物体検出 AIを用いて 3D画像から管理対象の設備を検出して自動でタグ付けを行い,それらを設備台帳と紐づける台帳紐づけ支援機能を実装して,その省力化フローを検証した.台帳連動型デジタルツイン構築手法を確立することで,設備の所在検索・情報閲覧や履歴蓄積にあたってのボトルネックを解消し,デジタル建物管理の障壁を下げて社会課題の解決につなげられるとの仮説に基づき,実用化に向けたアプローチを進めている.今後は,建物管理などの実業務における利活用とその先にあるデジタルコモンズ構想の実現に向けて,様々なステークホルダーとの共創や価値検証を目指すオープンイノベーションプラットフォームの実用化を進める予定である.
対話型AIエージェント機能を備えたアバターの検証と展望
本研究は,人口減少と労働力不足という社会課題に対し,AI技術と XR・メタバースを統合した「対話型 AIエージェント機能を備えたアバター」の可能性を検証したものである.現在,メタバースは, Gartner®の「2025年の日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル」において「幻滅期」に位置付けられている.そこで,来たる啓発期を見据えアバターを活用した視覚や非言語コミュニケーションが労働力を補完する手段になるという仮説を立て,その有効性を実証した.実証の結果「対話型 AIアバター」は情報伝達の質を向上させ,心理的負担を軽減する効果が確認された.受付業務や住民相談での実証実験を通じ,利用者の高い満足度と実用性が示された.さらに,特定業務に特化した「ベテラン AIアバター」の概念を提示し,これを人材派遣のように活用する「AIアバター派遣の仕組み」が,従業員の負担軽減,さらには企業のコスト削減に寄与する可能性について論じる.また,自律エージェントの実現と,AI同士が協調する「 AtoA(エージェント toエージェント)」社会の到来を展望し,人と AIアバターの役割分担された共存が,未来の社会基盤である「デジタルコモンズ」の形成に貢献する可能性を示す.さらに,人と AIが共生する新しい社会の実現に向けた,実践的な知見を提供する.