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事例紹介

量子アニーリングの“潜在ニーズ”を掘り起こせ!
大日本印刷とBIPROGYが描く量子技術活用のこれから

量子コンピューティング

2023年12月27日

大日本印刷(以下、DNP)は2021年に「DNPアニーリング・ソフトウェア」を発表した。その適用分野は、さまざまなところに存在する「組み合わせ最適化問題」。あらゆる企業が何らかの業務で、この問題に向き合っているという。一方、BIPROGYは2021年4月に量子コンピューティング・タスクフォースを立ち上げ、両社は協力して潜在ニーズを掘り起こすとともに新たな価値創造を目指している。本企画では、昨今注目を浴びる「量子コンピューティング技術」とは何か、「量子アニーリング技術」の強みとは何か――を探求していきたい。DNPで本技術を開発した研究員である中川修氏と、BIPROGYで量子アニーリング技術のビジネス適用に取り組む高井健志が未来に向けた思いを語った。

「DNPアニーリング・ソフトウェア」を発表

――まず、お二人の業務について教えてください。

中川

DNPのABセンターでは、ICTを活用した新ビジネスの創出に取り組んでいます。「AB」はアドバンストビジネスを意味し、このABセンターにおいて私は、主に先進技術を活用したソフトウェア開発を担当しています。特に注力しているのが量子アニーリングを模倣するソフトウェアです。2021年10月には、新たに開発した「DNPアニーリング・ソフトウェア」を発表しました。GPU(※1)搭載の一般的なPCを用いて、「組み合わせ最適化問題」(※2)を解くことが可能な画期的なソフトウェアです。

※1 GPU…Graphics Processing Unitの略で画像処理装置を意味する。その名の通り、画像を描写するために必要な計算を処理するもの。画像処理は膨大なデータを瞬時に計算する必要があるため、ビッグデータを処理するAI・機械学習にも適しているとされる
※2 組み合わせ最適化問題…最適化したい評価指標が明解に定義されているにも関わらず、選択肢の場合の数が膨大であるために最適解を得ることが困難な問題のこと

大日本印刷株式会社
ABセンター ICT開発ユニット DXシステム基盤開発部 第1グループ
主席研究員 中川修 氏

高井

私は2021年4月に、BIPROGY社内に「量子コンピューティング・タスクフォース」を立ち上げ、その責任者をしています。当時は、量子コンピュータがメディアで取り上げられる機会が増え始めたころです。私も関心を寄せていましたが、量子コンピュータがどういうものか、具体的なことはあまり知りませんでした。

ただ、「量子コンピュータが将来のビジネスに影響を与えるかもしれない」と強く感じ、“社内で誰かがやらなければ”という気持ちは抱いていました。当社の研究所には量子コンピュータの可能性を研究するメンバーもいますが、実際のビジネス活用との橋渡し機能が弱い部分もあり、タスクフォース立ち上げにつながったのです。

――量子コンピューティングは、一般的に「理解が難しい技術」と捉える方も少なくはありません。ここでは読者に向け、入門編の解説をお願いします。

中川

まず、量子コンピューティングには「量子ゲート方式」「量子アニーリング方式」という大きく2つのタイプがあります。量子ゲート方式は、従来型のコンピュータに置き換わる可能性も期待されており、グーグルやIBMなど世界的なプレイヤーの多くが研究に力を入れています。ただ、現在はまだ“よちよち歩き”の状態で、実用化までには数十年程度かかると見られています。

一方の量子アニーリング方式は、あらゆる計算ができるわけではなく、組み合わせ最適化問題に特化したもの。膨大な組み合わせの中から、何が最適かという問題を解くことが可能です。こちらはすでに実用段階に入っており、カナダのD-Wave Systems(ディー・ウェイブ・システムズ)が開発した「D-Waveマシン」はよく知られています。

BIPROGY株式会社
エグゼクティブ・マネージャー
BizDevOps部門 マネージドサービスセンター 高井健志

高井

私も3年前はまったくの初心者でした。量子コンピューティング関連の本は山ほど出版されていますが、どんな本を読むべきか分からず手当たり次第に乱読しました。50冊ほど読んだのですが、ほとんど理解できません……。そんな苦しい状態が続きましたが、あるとき、ふと「実は、量子力学や量子コンピューティングの原理を知る必要はないのではないか」と気づきました。その考えに至るまでに半年ほどかかったでしょうか。

というのも、例えば、「いつも使っているPCがどのように動いているか」を理解している人はかなり少ないはずです。しかし、コンピュータが動作するメカニズムを知らなくても気にせずに、多くの方がWordやExcelを使いこなしていますよね。量子コンピューティングも同じです。研究者ではない私たちは、仮に具体的な原理を知らなくとも、ビジネスにどのように活用するかを考えればいい。そしてそれは可能です。量子コンピューティングに関心のあるお客さまにも、いまはそんな話をしています。

あらゆる企業が組み合わせ最適化問題に向き合っている

――DNPアニーリング・ソフトウェアの位置づけはどのようなものでしょうか。

中川

量子アニーリング方式のロジックを、従来型コンピュータ上のソフトウェアでマネして、高速なシミュレーションにより問題を解くことができる。それがDNPアニーリング・ソフトウェアの大きな特長です。「マネ」や「模倣」という言葉を使いましたが、このタイプは「疑似量子アニーリング」と呼ばれます。日本でもいくつかのICTベンダーが同様のシステムを開発しており、すでにサービスとして提供されています。

従来型のコンピュータを使うとはいえ、通常のCPUでは計算速度が遅いので、私たちの場合は並列計算に強いGPU搭載のPCを用います。大手ICTベンダーの中には、専用チップを開発して並列計算を高速化するケースもあります。また、3つの異なるアニーリング手法を搭載し、問題に応じて使い分けることやすべてを使うなどで一番良い解を出力するようなことも他にはない特長と考えています。

――2021年にDNPアニーリング・ソフトウェアを発表したとき、顧客企業や周囲の反応はどのようなものでしたか。

中川

量子コンピューティングに対する一般的な期待が大きいせいか、「どんな問題でも解けるんでしょ」という声をよく聞きます。ただ、それはちょっと違います。量子アニーリングと同じように、疑似量子アニーリングも組み合わせ最適化問題に特化していますが、万能ではありません。したがって、現実の問題を解く際には、「業務上の課題を明確にしながら、疑似量子アニーリングを適用すべきか、適用する場合はどこでどのように適用すべきか」を十分に検討する必要があります。

高井

過度な期待の大きさと同時に、「高度で難しい」とか「ハードルが高そう」というイメージもあります。しかし、その活用自体は、実はそれほど難しくありません。私たちは社内で量子コンピューティング関係のセミナーを開催しており、そこには技術系、営業系などさまざまな職種の社員が参加しています。半日ほどのセミナーを受けると、コツをつかんで誰でも使えるようになります。

――組み合わせ最適化問題とのことですが、具体的にはどのような問題を解くのでしょうか。

中川

「膨大な組み合わせ」が発生する状況は社会のいたるところにあります。例えば、小売店などの勤務シフトづくりが分かりやすいでしょう。人数が増えると、組み合わせの数は爆発的に増加します。

例えば、Aさんの条件は「土日の午後と月曜日の夜が可能。ただし、Bさんとは同じ時間帯で働きたくない」。Aさんが大学生なら、「試験中はNG」などの細かな条件が加わります。店長は長い時間をかけてシフトを組んでおり、その負荷は相当なものです。量子アニーリング、または疑似量子アニーリングを活用すれば、こうした計算を短時間で実行することができます。

高井

おそらく、あらゆる企業が何らかの業務で、組み合わせ最適化問題に向き合っています。勤務シフトのほかにも、トラックの配送経路、営業業務におけるクライアント訪問ルートなど多様な領域で、担当者は膨大な選択肢の中から最適なものを選んでいます。これらは従来的に、属人的な勘や経験に頼って相当程度の時間や負荷をかけて行っていた業務です。

この中には、鉄道のダイヤ作成のような「匠の技」もあります。例えば、鉄道で事故が発生し、30分後に復旧するとしましょう。復旧時刻が分かってから実際に電車が走り始めるまでのわずかな時間に、ダイヤの担当者は最も効率的なダイヤを改めて策定しなければなりません。もし、ダイヤの策定に一晩かけられるなら、量子アニーリングはさほどの価値を生まないでしょう。短時間で最適化を求められる場面こそ、その真価を発揮するのです。


量子アニーリングが適している分野の“見極め”が重要

――DNPアニーリング・ソフトウェアの適用事例について教えてください。

中川

「短時間で最適化を求められる」事例があります。私たちはまず社内でのトライアルを実施しました。具体的には、印刷の生産スケジュール作成です。突発的な案件が入ったりすると、その日に予定表を組み直さなければならないことがあります。従来の方法では再計算に一晩かかるので間に合いません。そんなときに、DNPアニーリング・ソフトウェアを活用します。トライアルでは従来システムと比べて、約10倍高速に計算することができました。この結果を公表した後、さまざまなお客さまから問い合わせが寄せられるようになりました。

高井

そのニュースリリースは、とても興味深く読みました。それからしばらく経って、2022年から量子コンピューティングにおける大日本印刷とBIPROGYとのコラボレーションが本格化しましたね。

中川

ええ、この共創には私自身も大きな可能性を感じています。その話に具体的に移る前に、もう1つ、倉庫でのピッキング作業の巡回ルートを最適化する事例を紹介しましょう。この実証実験は、弊社と資本業務提携しているUltimatrust(アルティマトラスト)と一緒に実施しました。同社の持つデジタルツインプラットフォーム上にDNPアニーリング・ソフトウェアを搭載したシステムにより、常に動き回る自律走行搬送ロボット(以下、AMR:Autonomous Mobile Robot)の位置を把握した上で最適な移動経路を計算する。従来の手法に比べ、シミュレータによる実証実験ではAMRの移動距離は実に約34%短縮されました。量子アニーリング技術の応用に確かな手ごたえを感じた事例でした。

――では、大日本印刷とBIPROGYとの共創について伺います。新たな価値づくりに向けて、どんなことに取り組んでいるのでしょうか。

高井

中川さんから、各企業が抱える問題に「疑似量子アニーリングを適用すべきかどうか」そのものを検討する必要があるとのご指摘がありました。ここが一番のポイントだと思います。解決すべき問題によっては、従来型のコンピュータが適している場合もあります。ただ、その見極めは簡単ではありません。量子アニーリングを使うとしても、問題を細分化し、どの程度の範囲を対象にするのかを慎重に吟味する必要があります。

私たちとしてはまず、「お客さまのどのような業務に、どのような形で量子アニーリング/疑似量子アニーリングを適用するか」という“型”、言い換えれば「方法論」を確立する必要があると考えています。お客さまの課題に寄り添った方法論が定まれば、DNPアニーリング・ソフトウェアとの掛け算で生まれる価値はとても大きいと期待しています。

――今後、特に活用を期待しているのは、どのような分野でしょうか。

高井

GPU搭載のPCであればソフトウェアが使える点は大きな強みです。これなら、企業の中で毎日計算処理が必要な業務でも十分機能するでしょう。そうした業務は意外と、分野や業種・業態を問わず多いのではないかと感じています。

「AI×量子コンピューティング」の可能性

――BIPROGYの事例として、紹介できるものはありますか。

高井

電力会社における機器メンテナンスの事例があります。ここでは、「広いエリアに点在する機器を、どのような順番でメンテナンスするのが最適か」という点がメインテーマです。その電力会社は以前、同じ業務上の問題を量子アニーリングで解こうとしたのですが、解くべき問題の範囲を広げすぎてうまくいかなかったようです。

そこで、私たちは量子アニーリングの適用範囲を限定し、解く問題を絞り込みました。この中で、従来10分かかっていた計算が1秒ほどに短縮されるという驚きの結果が得られました。先ほど話した方法論には、このようなノウハウも含まれます。中川さんも触れておられますが、こうした事例を通じ、解決すべき課題を明確にし、どのようにアプローチするのかを整理することができれば多種多様な企業での量子アニーリング活用ができるのではないか、と考えています。

――最後に今後の展望、あるいは量子コンピューティングの将来像などについてお聞かせください。

中川

生成AIを含め、AIの進化が加速しています。AIと量子アニーリングを組み合わせることで、新しい価値が加速度的に生まれていく可能性は高いでしょう。例えば、観光案内です。生成AIに聞けば、観光地のお勧めスポットを詳しく紹介してくれます。ただ、「今日1日で、どことどこに行くべきか」と聞いても訪れる順番や交通手段などを含めた「最適な旅程」としての満足な回答は得られません。この課題解決に量子アニーリングを組み合わせれば、限定された時間内に家族全員の満足度を最大化する観光ルートを提示することが可能になるでしょう。その他にも、実現性の高いアイデアは多いと思います。

高井

いま多くの会社がデータ活用や、あるいはDX推進に注力しています。データ活用というと、まずは自社内にあるデータの可視化がテーマになることが多く、この段階で苦労している企業は少なくありません。ただ、可視化はあくまでも企業が時代に即応した新たな価値を創造するための手段です。

可視化、それ自体が価値を生むわけではありません。データ活用を掲げる企業が目指しているのも、可視化そのものというより、その先にある「新たなサービス開発や体験価値の創出、各種予測や業務効率化などの価値」です。予測に基づいて増やした在庫が、予測通りに売れれば売上増につながり、効率化はコスト削減に直結します。組み合わせ最適化問題に解を与える量子アニーリングは、こうした予測や効率化につながる技術です。技術を活用し、効率化・生産性の向上が図られれば、アイデアを練り、新機軸のサービス開発にもつながってくるでしょう。その意味でも、潜在的なニーズは非常に大きい。今年か来年あたりが、「量子アニーリングのビジネス適用元年」になるのではないかと私は考えています。

中川

高井さんのおっしゃるように量子アニーリングは、これから時代を変える技術としてさらに注目を集めると感じています。私からは、最後に、これからの思いについて語らせていただきますね。ややSF的かもしれませんが、遠い将来の話を考えることがあります。いま、ゲリラ豪雨や大型台風などの気象災害が増えているといわれます。その対策として、例えば飛行機で台風に何らかの制御物質を散布して巨大化を抑えられないかなどのアイデアが語られています。おそらく、この種の研究は今後さらに進展するでしょう。

AIや量子アニーリングを活用すれば、台風という複雑な現象を解析し、巨大化の予兆をとらえることも将来的には可能になるはず。明確な予兆をつかめば、制御物質の散布により災害を抑えることができる。台風が巨大化する前に、「いつ」「どこに」「どの程度」の散布を実行すれば良いのかをタイムリーかつ正確に知る必要があるので、計算速度は決定的に重要です。その計算に量子アニーリングを利用します。そんな未来が来るかどうか分かりません。ただ、防災であれ何であれ、私たちが培った技術でより良い未来を創造していきたい。この思いを胸に、いまは量子アニーリングという可能性あるテクノロジーを通じて、社会的な課題解決に一歩ずつ貢献したいと思っています。

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