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新しい「つながり」でサステナブルな社会をデザインする

1章で見た通り、新しい未来社会に向かって様々な現実が変化しはじめている。これまで当たりまえとされていた旧来の垣根があらゆるセクター(人・コミュニティ/社会・公共/企業・産業/地球・環境)で取り払われつつあり、言わば世界は新たな「つながり」を通して新たな「可能性」を生む土壌として再造成されようとしている。この土壌を耕して可能性の芽を育むためのツール、それが2章で見てきたようなデジタル技術である。
本章では、「新たなつながりが新たな可能性を生む」という観点から、リアル空間とサイバー空間の役割・関係に着目し、その「つながり」の整理を試みる。また、サステナブルな社会を「デザインする場」の在り方についても考える。

テクノロジーによるリアル空間とサイバー空間の新結合

経済学者ヨーゼフ・ シュンペーターは、「イノベーションとは既にあるものが新結合すること」であり、「企業家による革新と新結合の遂行こそが経済発展の原動力」だとしている。「つながり(=新結合)」がサステナブルな未来社会への可能性を生み出すものだとしても、それが無軌道・野放図なものであれば、社会課題に対するソリューションもピントの定まらない、精度の低いものとなってしまいかねない。このことはもう1つの「つながり」、すなわちテクノロジーによるリアル空間とサイバー空間の新結合にも当てはまる。

1 拡大していくリアル空間とサイバー空間の役割

コロナパンデミックを機に加速するDX(デジタルトランスフォーメーション:デジタル技術により人々の生活をより良いものへ変革すること)は、言わばリアル空間とサイバー空間の新たな「つながり(=新結合)」を生み出す取組みであり、これに携わる企業・組織はリアル空間とサイバー空間の役割を改めて整理・デザインし直していく必要がある。DXを象徴する概念であるCPS(サイバーフィジカルシステム)を例に取るなら、その役割はもはやリアル空間にある情報をデータとしてサイバー空間に取り込み、その分析結果を新たな価値としてフィードバックするという従来のそれにとどまらない。コロナ禍でのオンライン会議や遠隔医療がそうであるようにリアル空間の人や物事を代替する役割、あるいはオンライン化がどれほど進展してもやはりリアル空間でしか成立し得ない物事にどんな役割を果たせるのかも考える必要がある。サステナブルな未来社会を構成するリアル空間とサイバー空間の役割をどうデザインしていくか、そうした「新結合」の視点がこの先10年で重要性を増していく。

2 4つのCPSでリアル空間とサイバー空間の役割をデザインする

オンライン化できるサービスとリアル空間でしか提供できないものとがあるように、リアル空間での物事はデジタル化できるものとできないもの(ここではアナログと表現する)とに分けられる。未来社会への課題解決に向けたCPSは、リアル空間とサイバー空間の関係を基に4つの形態(下記及び図の1234)として設定できる。また、あるサービスにデジタル技術を適用する目的は、UX(体験価値)のリッチ化(向上)と、作業の自動化・最適化の二方向がある。図の左上と右下を結ぶ矢印は「UXリッチ化の方向性」を表し、それぞれ「オンラインUX」と「オン+オフラインUX」のリッチ化へ向かう。一方、右上と左下を結ぶ矢印は、それぞれ「作業の自動化・最適化」と「リアル空間での作業の強化・支援」へ向かう。形態4(図左下)のCPSを例に取ると、デジタル技術の進化に伴い作業の「支援・強化」から「自動化」へと役割が変化していくが、完全な自動化(形態2)には至らず、あくまでもリアル空間での作業が中心であるという形態にとどまる。社会課題の解決に向けた「リアル空間とサイバー空間の新結合」とは、すなわち両者の役割をどうデザインし、 4つのCPSをどう結合させるかということである。

リアル空間とサイバー空間の「役割デザイン」を、小売業界を例に考えてみる。例えばリアル空間の店舗を「商品を手に取ったり試着したりするショールーム」と位置づけ、支払いはスマートフォン決済、商品受取りは宅配利用とする(形態3)。VR等によるオンライン体験(形態1)と、形態3とを組み合わせてUXのリッチ化をデザインする。あるいはロボットによる作業の省人化(形態2)を進めつつ、人による接客時間を増やして接客の向上を図る(形態4)といったデザインもあるだろう。さらに、店舗内にいるアバターが撮影する商品画像を、顧客が自宅で仮想現実空間に表示し、購入は店員とのインタラクションを通して決定できるというサービス(形態1)は、リッチ化したUXと来店不要の利便性から顧客拡大にもつながるだろう。リアル空間中心(形態4)の業界の例として、医療・介護においては、IoT機器による要介護者の安全監視やバイタル監視など、人間の作業支援を中心としたCPSとなる。

サステナブルな社会をデザインするための「場」

社会をサステナブルにする仕組みやシステムのデザインにおいて難しいのは、社会の変化を先取りして組み入れること、実際に稼働した時の様々な影響を見通すこと、何よりそこに生み出される複雑かつ多種多様なつながりを想像して読み解くことである。優れたデザインを生み出すには、デザインを進めていく「場」が重要になってくる。

1 よいデザインを生み出す対話の充実

よいデザインは、よい「問い」から始まる。よい問いや仮説を立てるには、学びをベースにした対話の充実が欠かせない。そのためよいデザインを考える場の中心には常に対話があり、その外側で意思決定が行われるという構造になる。
対話の「主人公」は人である。社会の運営に関わるデザインであるため、その対話には関連分野の専門家や、社会学、経済学、心理学、倫理などの有識者が加わるだろう。宗教家や芸術家の視点は深い示唆を与える。そしてデザインの恩恵や影響を受ける当事者として、多様な背景を持つ人々が社会を代表して参加する。また、時には専門家や当事者でない人の参加がよい問いを生むこともある。
対話のベースとなる学びには、参加者が持つ知識・知恵だけでなく、史実や社会的経緯、そこから得られた教訓なども含まれる。対話が扱うテーマや類似の問題に対する過去の取組みとその結果、反省、あるいは一見して関係ないと思えるような他分野での政策やソリューションもよいデザインのための貴重なヒントになる。全く異なるテーマを扱うデザイン現場の対話や考察も大いに参考にできるだろう。時には対話を止めて実地体験・擬似体験に臨むことも効果的である。

2 対話に求められる安心と創造性

よいデザインを生み出すために、対話を有効に機能させる考慮がなされていく。第一に、参加者が安心して情報を提供でき、考えを述べられる環境が用意される。対話の場は、所有している情報の権利が保証され、発言内容を含めて秘密が洩れないことが確実になっている。所有者だけが知るものから、範囲を限定して共有可能とするもの、制限なく公開可能なものまで、扱われる全ての情報へのアクセスがコントロールされた状態である。閲覧可能な文書においてもプライベート情報だけは隠されているといった細やかな配慮がなされるだろう。

第二に、対話の創造性を高める工夫が増えていく。発言内容はもちろん対話内で扱われた全ての情報は、記録・保管され、次の対話のために参照できる状態になっている。記録にあたっては、閲覧する人の視野や発想を狭めてしまわないよう、ありのままの形で残されるだけでなく、求める情報を必要に応じた観点から見つけやすくする工夫もなされるだろう。また、参加者によって知識や経験、受け取り方が異なるため、一人一人に応じた表現の変換(言い換え等)、疑問点への説明、関連情報の提示などが行われる。

収集・記録した情報は、対話が目指している社会にとってだけでなく、未来社会全体への財産(知識アセット)になることを認識しておきたい。対話の結論や核心的な内容にとどまらず、結論に至るまでの流れ・成り行き、枝葉、採用されなかった些細なアイデアまでもが参照できれば、新たな発想を生む発散的思考の促進、あるいは対話を的確に収斂させていくノウハウの蓄積にも役立てられる。適切な管理のもとで知識アセットを共有・公開することで、サステナブルな社会を目指す他のプロジェクトにも貢献できるだろう。デザインする場と場、対話と対話がつながっていくことにより、サステナブルな社会に向けたよりよいデザインの創出が促進される。

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